7月27日に早池峰神社のボランティア清掃について取り上げましたが、早池峰神社のことについて調べてみました。 (諸説あるようですが・・・)
早池峰神社は大同2年(807年)、藤原鎌足の子孫、兵部卿成房が早池峰山頂に祠を建立したのが始まりといわれます。
現在の山頂にも祠があります。
当初は左側の岩の辺りにあったという説もあり、
岩には、「早池峰神社奥宮」と彫られています。
その後、現在の地に社殿が整備されたのは正安2年(1300年)に越後の円性阿闍梨によってのようです。早池峰大権現をまつって、一寺を建立し、妙泉寺と名付けられたといわれています。
南部藩領となった江戸時代には早池峰山祈願
所として篤く崇敬を受けます。慶長15年(1610年)から17年までの3年間に「神山宮」「薬師堂」「本堂」「舞殿」「鳥居」「客殿」など建立され歴代藩主に厚く庇護されてきましたが、明治の廃仏毀釈では廃寺となり新山宮を本殿とする早池峰
神社となり今に至っています。
現存する本殿は内陣柱を中心とした軸組や、軒回りの彫刻・装飾などに慶長期の堅実な手法が残されており、県の有形文化財に指定されています。
また、例大祭では能楽大成以前の姿を残す早池峰神楽(ユネスコ無形文
化遺産)が奉納されることでも知られています。
というわけで、7月31日の宵宮を見に行ってきました。
昔ながらのお祭りで、「観光化」は、ほとんどされていません。
5時からの「大祓」で宵宮が開始されます。
6時からの「神楽」の奉納には外国からの団体も来ていました。
「岳神楽」の奉納
岳神楽 「天降りの舞」
岳神楽 「権現舞」
「大償神楽」の奉納
大償神楽 「翁舞」
大償神楽 「三番叟」
私は、23時で帰りましたが、おそらく日をまたいで行われたのではないでしょうか?
「岳神楽」と「大償神楽」を続けてみることが出来ました。ようやく違いが分かったような・・・
昔ながらのすばらしいお祭りが残っていました。